癌と食養生(1)
 糖尿病の食事指導や入院中の病院給食は医療補助の一部として実施されていますが、西洋医学全体で見た場合は、あくまで病気の治療における「治療食」として捉えられており、食養生に対する認識と関心はまだ低いと思われます。
しかし最近は代替医療の一環として個々の患者の立場で毎日の食事に気を使う食事療法の見直しが急速に高まってきました。ここでは主に癌に対する代表的な食養生法についてご紹介させていただきます。

1.日本の食養生法

 我国で初めて学理らしい食養生法を提唱したのは、明治時代の陸軍薬剤監の「石塚左玄(1850〜1910)」で、彼は明治29年に著した「化学的食養長寿論」の中で、ナトリウム(Na)とカリウム(K)の割合の重要性と穀物重点主義を推奨しています。昨今塩分の過剰摂取と喫煙が健康を損なう凶器として目の敵にされていますが、彼の考え方の研究が進むことによってKの含有量が多い食品を摂る啓発活動も盛んになりました。
 一方、石塚が一番意図したかった「本来食事はNaとKのバランスを考えて摂るべき」という点が、「桜沢如一(1893〜1966)」によって東洋哲学が色濃く加味された結果、「陰陽理論」に置き換えられてしまったことも否定できません。「しかしこれではいけないことが出来、『無双原理』とした……」と桜沢自身も述べていますが、石塚理論は時の経過とともに少しずつ形を変え、一時期「玄米を主食とする狭い範囲に限定された『正食』という名の食品群のみに頼る食事健康法」という印象も世間に与えてしまいました。元々石塚も桜沢も玄米に固執していません。石塚は玄米食を理想としていますが、精白米を食べる時は、副食でNaとKのバランスを摂ればよいとし、さらに副食として肉・魚も挙げており、動物性のものは絶対不可と言ってはいません。
 桜沢もまた「五分づき米」とか、「三分づき米胡麻塩むすび」等と、決して玄米100%に固執していないのです。彼が強く訴えたかったことは、
(l)人間の主食は穀物である
(2)自分の住む土地の4里(16km)四方以内で採れた、旬のものを食べる(身土不二)
(3)陰陽食のバランス(NaとKのバランス)を考えて食べる
(4)食べ物の全体を食べる(一物全体)
(5)精製品や合成品は食べない
等を原則としています。具体的には大豆、味噌汁、魚、海藻、野菜(特にキャベツ、カブ等のアブラナ科のもの)等の伝統的な日本食が主体となっています。そしてこれらの食品は現在欧米の栄養療法研究者からも熱い支持を受け、後でご紹介する各種の食養生法に取り入れられています。しかし厳密に原理を取り入れるにはいくつかの段階があり、指導者がいないと分かり難い面もあります。例えば味噌と漬け物の制限がなかったり、逆に果物を制限していたり、(これは食べ過ぎによる体の冷えを心配したためと思われますが、後述するゲルソン療法やモアマン療法では、一日に何杯もの新鮮な搾りたてのジュースを勧めています。)また下手をすると、蛋白質やビタミンの不足の可能性がでてくる場合も発生しますが、要は現代の飽食といわれる食生活の中では日頃の健康維持に玄米菜食を中心とした食事にすればよいわけです。名古屋に本部がある癌患者のNPO法人「いずみの会」代表の中山武氏も著書「論より証拠のガン克服術」の中でそのように述べられ、また筆者は直々にお話も伺いました。
 このように石塚、桜沢に流れる考え方は、私達日本人が健康管理をする上で一番身近に感じて役立つ養生法であることに間違いないと思われます。現在ではいろいろな呼び名がありますが、一般的には「マクロビオティツク(マクロとはギリシャ語で『大きいあるいは偉大な』、ビオスは『生命』を意味します)」と呼ばれ、大森英桜や久司御知夫らの普及活動によって広く欧米でも知られるようになりました。どのような養生法でも適・不適があるように、マクロビオティツクは乳癌をはじめ大腸、肝臓、膵臓等の癌には割と早く反応する傾向がありますが、逆に肺、子宮、前立腺の癌には難しいといわれています。また外科手術、放射線、化学療法と組み合わせると、全身衰弱の可能性もあると久司は著書の中で述べています。
 桜沢は生涯で数百冊といわれる著書を残しており、主要な論文の「食養講義録」は、1997年に日本CI協会より復刻版としても発行されています。彼の叡智のすべてが凝縮された名著で、小倉垂成ら漢方界の重鎮に与えた影響も多大であったといわれています。

中野薬房ナチュラルインフォメーション