役立つ漢方薬と食養生

1.ご存じですか?漢方薬と民間薬
1.ご存じですか?漢方薬と民間薬
 
「漢方薬療法」というと、なにか得体の知れない草の根とか、木の皮などを煎じて飲むものだと考えている人が、現在でもかなり多いものです。
 私たちのまわりには、相当なインテリと思われる人であっても、話の中に「私は漢方薬が大好きで、苦からドクダミや、センプリ、ゲンノショウコなどをずっと続けてのんでいる」などと自慢される方が少なくありません。
 大きな副作用もなく、健康を守るために長年続けてこられたことには敬意を表しますが、これは専門家の側からみると、「漢方薬療法」ではなく、「民間薬療法」といわれるものなのです。
 気の遠くなるような昔から地球上に住む人間の間には、その住んでいる土地や国によって、代々伝えられた独自の民間療法がありました。
 これら民間療法の方法としてはさまざまなものがあり、祈頑からはじまって、呪術、動物の身体の全部、または一部を食べたり、鉱物や植物を身体に塗布したり、服用するなどの手段があったわけです。
 また、それらを使いやすくするために、粉や丸薬にしたり、練るとか煎じて服用する方法なども考えられてきました。
前に述べたドクダミを煎じて飲むなどもその例の一つですが、これらの鉱物、植物(草根木皮)、動物などを一括して民間薬といっています。
日本で、民間薬として多く用いられるのは、何といっても植物性(草根木皮)のものが多いのですが、なかには「能…の胃」(熊の胆嚢)といわれる動物性のものなどが使われたこともあるのはご存知でしょう。
ところで、これら民間薬の使い方の特徴は、きわめて大ざっぱな病名とか症状名に対して、せいぜい一種類か二種類程度の「薬」を煎じたり、丸薬にしたり、場合によってはそのままで使うことです。
例えば、「下痢」の場合には、民間療法では「乾燥したゲンノショウコとはぶ茶を煮詰めて、その煎じた汁を1日3回服用する」ことになっています。
しかも、はぶ茶が手に入らなければ、ゲンノショウコだけでもかまわないし、どれをどれだけ飲まなければならないという厳密な定めもありません。
 大変アバウトな、おおらかな療法だといえます。
 よく考えてみるとすぐ気づくことですが、一口に「下痢」といっても、その原因はさまざまなはずです。
 単純な食べすぎ、飲みすぎが原因かもしれないし、ストレスとか、恐ろしい伝染病でお腹が下っているのかもしれません。それらをチェックせず、「下痢」といったらゲンノショウコとはぶ茶を煎じて飲めばいいというのが、民間療法で、それに使われるのが「民間薬」ということになります。
 それだけに、ピタリとあたればよく効くが、いつもそう効くとはいえません。
 まったく効き目のない場合もあるわけです。
 なにせ、医学・薬学の知識がほとんど普及していなかった時代に、民間で病気の原因とか、進行状態、病人の体質、老若男女とか個人差などに関係なく使われることが多かっただけに、やむを得なかった応急処置だったといえます。
 これに対して、漢方薬はどう違うのでしょうか。
 草根木皮を煎じて服用する点では、民間薬の用い方に似ているものの、一番の大きな相異点は、まず病人の示す身体のさまざまな症状(専門語で「証」という)によって、使われる漢方薬の処方が決定することです。
 民間薬では下痢という症状には、前記のようにゲンノショウコとか、はぶ茶など、一種類か二種類の薬草で対応しようとしますが、漢方薬療法では「証」が重視されます。
 この「証」については、漢方の知識のある医師とか、薬局・薬店によく相談して決定するのが大切です。
 本当の「漢方」の場合には、長い間の経験の積み重ねの結果、何種類かの薬草(生薬)の組合せがあり、どのような「証」にはどのような組合せ (専門語で「方」という)が効果的であるかということが分かっていて、「方」と「証」が一致しないと効果が得られないとされています。
 この処方は、葛根、麻黄、生妾、大乗、桂枝、胃薬、甘草という七種類の生薬が、決められた分量で組み立てられています。
「身体はがっちりしていて、頭痛、寒け、発熱があり、脈はしっかりしていて、汗が出る傾向はなく、首のうしろがこって苦しいような状態にある人」 に用いるものです。
 したがって、このような「前提条件」でカゼ、鼻カゼ、頭痛、肩こり、手や肩の痛み、筋肉痛などの漢方薬として使用されたときによく効きます。
 もし、これが体力のない人で、じわじわと汗がでてくるような場合であれば、「前提条件」が変わっているので、葛根湯は使えません。
 別に定められた処方に替えることになります。
 このあたりが、漢方薬を分かり難くしている原因の一つですが、これを食事に例えれば、空腹を訴えている人に、とりあえず空腹をまぎらわすため、手近にある食物を与えるのが「民間薬療法」のスタイルで、「漢方薬療法」では空腹の原因や状態によって、お粥にしたり、普通の回さのご飯を少しつつ与えたりするようなことを、経験の集積の上に立って行っているといえます。
 いずれにせよ、私たちが現在漢方といっているものの起源は、西暦二百年代にはすでに医学体系として完成されていたといわれている中国古代の医術に始まっています。
 漢方の書物として現代でも使われている「黄帝内経」 「神農本草経」 「傷寒論」「金匿要略」などは、その時代に中国で編纂されたという、長い歴史を持っているのです。
 このうち 「黄帝内経」 は中国の北方を流れる大河、黄河を中心とする黄河文化圏の医学の針や灸を主とするもっとも古い古典です。
 ツボとツボを結ぶ 「経絡」 の考え方と、自然を陰・陽の対立の側面と考える陰陽論や、自然のすべてを木・火・土・金・水の「五行」 で解釈しようとする五行説が結びついた、難解な理論で構成されています。
「神農本草経」は中国の黄河と揚子江にはされまれた揚子江文化圏の肥沃な土地の多彩な薬草についての古典で、実用薬物書としての性格をもつものです。
 さらに揚子江以南の江南文化圏で発達した医学の集大成として、張仲景が著したとされる「傷寒論」と「金医要略」があります。
 この二つは本来「傷寒雑病論」という一冊の本で、「神農本草経」と同時代の著述とされており、「傷寒論」は急性病、「金匿要略」は慢性病について、実務的な対応が記載された医学書です。
 また、十六世紀の李時珍の「本草綱目」も有名です。
しかも、これら漢方の原典は、現代にも通用するだけでなく、いまだにそれが基礎となって漢方医療を支えています。
 その中でも「傷寒雑痛論」は、日本の漢方に大きな影響を与えました。
昔の日本人たちは、輸入された知識をそのまま鵜呑みにしたのではなく、風土の異なる土地に住む日本人にピッタリした、独特の「日本漢方」にアレンジし直したのです。
したがって、日本の漢方は中国に起源があるものの、現在の中国医学(中医学)そのものではありません。
 いっぽうでは、「神農本草経」などを基にした、個々の植物についての研究が、民間薬的な、単独の薬効を強調したりして、漢方との混同を招いているようです。